サラブレッド血統の科学

量的形質

量的形質は、複数の遺伝子が係わっているため
環境の影響で、その形質の表れ方が変化する。
例えば、
体重(複数の遺伝子に支配されている形質)が、
その時の栄養状態によって変化することを考えれば理解できる。

すなわち、ある時点での表現型(体重)は、
良きにつけ悪しきにつけ、その時点の遺伝と環境の和として表れる。

この量的形質の遺伝する強さは、
優性・劣性ではなく
遺伝率(ヘリタビリティ)という値で表す。

走能力は複数の遺伝子

親から子に伝わる形質には、
1つの遺伝子で決まるものと
複数の遺伝子で決まるものとがあります。

1つの遺伝子で決定されるものには、
血液型や馬の毛色などがあり、これらは一生変わることがなく
その遺伝の遺伝の仕方は優性・劣性の考え方で知られています。

複数の遺伝子の影響をうけるものは、
量的形質ともいわれ、数字で量的に表され、
競走馬の走能力や体格(体重、体高など)や
家畜の経済形質(乳量、肉質など)があり、
環境の影響を受けやすい。

サラブレッドの走能力の遺伝を分析するには、
複数の遺伝子を考慮した統計遺伝の手法をとる必要があります。
例えば、この複数の遺伝子の考え方から
「何故、同じ兄弟姉妹の間で、能力や体格の違いがあるのか?」なども説明できます。

サラブレッドのたわごと(宇田一)

私は、高等学校在学中、菊池・芥川・久米・倉田らの諸君と同時代を過ごしたことを幸せと思っている。理科系に学んだ自分のかたくなな心をやわらげ、馬車馬のような目隠しをはずして視野を広げてくれたのは、これら文系の諸君のおかげである。とくに、久米とは同郷という関係もあって、とくに親しく交わった。後年、彼の作品中の作中人物の中に自分を見出して、彼のいわゆる微苦笑を漏らした思出もある。しかし、これらなつかしい諸君は、みな文豪の名を残して、すでにこの世を去り、淋しい極みである。

ところが、十年ほど前からサラブレッドの研究を始めているが、馬名に、大文豪・大芸術家あるいは英雄などの名を冠したものが非常に多いのに興味を覚え始めた。

最も古い馬でシェークスピアがある。これは、サラブレッドの草創期の馬で、一七四五年の出生である。その後、再び一九五一年に、名馬シェークスピアがあらわれている。

(中略)

一五世紀のボッティチェリに始まり、一六世紀のミケランジェロ、ラファイエル、一七世紀ではブウサン、一八世紀ではゲーンズボローやゴヤ、一九世紀ではミレー、ドガ、コロー、トゥールーズ・ロートレックなど、各世紀の代表的大画伯がそれである。

(中略)

それはそれとして、これら大画伯の名号をもった優駿がどうして生産されたか。これが私の研究の対象である。

さて、優秀な素質を持ったいわゆる純系を維持するためには、近親交配が望ましいのだが、近親交配の継続は、ややもすると、活力の低下をきたして、競走能力が劣る結果を生じやすい。競走能力の秀でたものを求めるためには、いわゆる雑種強勢力を利用する異系交配が効果がある。しかし、これは一代雑種などという語もあるように一代限りである。そこで、競走能力も卓越し、同時に、種牡馬あるいは繁殖牝馬として優秀なものを生産するにはどうしたらよいか。これが、私の展開した「配合理論」である。これは、簡単にいえば、近親交配によったものと、異系交配によったものとを組み合わせる生産方式である。私は、これを基準交配と呼んでいる。そして、この基準交配を継続することによって、始めて優秀なサラブレッドを計画的に生産することができるというのが、私の主張である。

従来、サラブレッド界には、交配に”配合の妙を得た”とか、”合性”という意味に”ニック”という語が用いられている。私は、この”ニック”を交配形式の研究によって、科学的に、また、実証的に研究を続けているのである。

たとえば、大画伯の名号をもったゲーンズボローは、イギリスでも珍しい三冠馬の栄冠を担った名馬であるが、これは基準交配によって生産されたものである。さらに、これにやはり基準交配によって生産された牝馬シリーニが配されてハイペリオンが生産され、これは父馬の跡を継いでダービーを制覇した。さらに基準交配を継続して、孫には四頭のダービー馬が輩出しているのである。

私は、配合理論を駆使して、わが国において、世界に誇る名馬を生産したいと考えている。そして、将来、我が国の画伯なり文豪の名号をもった、ウタマロ、ホクサイ、タイカン、キクチカンなどの優駿の出現を期待している。

菊池寛は、学生時代から将棋は好きであったが、後年の彼の道楽は競馬であったようだ。彼は、雑誌「優駿」の創刊号の巻頭に、”競馬近ごろ”という一文を寄せている。そして、馬主として、抽せん馬制度についての彼の所感を述べている。不運にして、彼の持馬の中からは、あまり優れたものはでなかった。彼が好んで筆にした「無事之名馬」は、彼の負惜しみのあらわれであろう。彼は、ダービーを夢みていたにちがいないと思う。配合理論を語りあう日を待たずに、彼が早く世を去ったのは遺憾至極である。

文藝春秋 昭和48年6月号より抜粋

配合理論(交配理論)

優秀なサラブレッドを生産するために、
古くから独自の理論をはじめ、
遺伝学の基礎的な考え方を踏まえた配合理論も発表されている。

しかし、現代の育種学の考え方を踏まえたは理論は数少ないが、
その代表的なものは

フィッツラックの18.75%理論
ブルース・ロウのフィガーシステム
ゴルトンの法則
ヴュイエのドサージュ理論
リーウェリンの平衡生産方式
宇田博士の配合理論

などがある。

宇田博士の配合理論

宇田一農学博士が昭和40年頃から優秀なサラブレッドを生産するために
世界の優駿を調査研究した結果から発表した理論である。

遺伝学では、優秀な素質をもつ純系を維持するには、近親交配が望ましいが、
近親交配を続けると競走能力の低下が生じやすい。

また、競走能力の優秀な馬を求めるには、
いわゆる雑種強勢力を利用する異系交配が効果がある。
しかし、その効果は一代限りである。

そこで、両方の良い点を兼ね備えた、
近親交配と異系交配によったものを組合せた生産方式(基準交配)を考案した。

近親度を測るため遺伝学で用いられる近交係数を取り入れ、
近交係数0.08を境として近親と異系を区別して理論の展開を行った。

また、宇田一博士が研究を始めたきっかけを文芸春秋に寄稿しています。
興味のある方は、ここをクリックしてください。

ヴュイエのドサージュ理論

フランスのヴュイエ大佐が、20世紀初頭に発表した理論である。

大佐は多数のサラブレッドの血統を調査して、
その先祖の何代かの種牡馬や牝馬が一定の血量を構成して、
優秀な競走馬を作り上げている頻度が高いことを見出した。

基本として、12代目の各祖先の1頭の影響力を1として、
11
代目は2、
10
代目は4となり、
各祖先の影響力はその数字の合計で表される。

そして15頭の種牡馬と1頭の牝馬を選び出して、
標準ドサージュを決定し、
全体としてこの数字に近づけるように配合すれば、
良い結果がでるとしたが、

現代では古い配合理論にはいる。
料理の味付けをすることに似ていることから、
「味付け法」とも言う人もいる。